この企画では、彫刻家が感じている「石の魅力とは何なのか?」、「なぜ石で彫刻を作っているのか?」ということをお聞きしています。今回は東京都京橋にありますギャルリー東京ユマニテで開催された村井進吾さんの個展でお話を聞かせてもらいました。

――石彫家の村井進吾さんが考える「石の魅力」とは?

「それは僕が石で彫刻の作品を発表し始めてからずっと色んな方に聞かれている事ですが、今でも石って何だろうかって考えているんですよ。それは、その都度その都度こういう感じっていうのがあるんですが、完全に一言っていうわけにはいかない様な…。

石っていうのは正直なもんだと思っているのは事実ですね。非常にデリケートなもので、打つとそのまま返してくる。油断すれば欠けちゃいますし、こちらもかかわる時に願望が効かないっていうんですかね。正直に向き合わなければいけない。 結局、石の魅力うんぬんっていう事よりも、まぁ結果としては、それが石の魅力というものになるんでしょうけど、彫刻を作る作業というのは自分と向き合う作業だと思っているんですよ。

最初からそう思って入っているわけじゃなくて、今はそういうふうに感じている。結局石という素材が一番自分と向き合わさせてくれたって事なんだろうと思います。 やっぱり時間がかかって、厄介な相手で、これを相手にすると必然的に自分と向き合わざるを得ないと。それが彫刻という形になっている。そういう存在である事が私にとっていちばんの魅力といえば魅力になるかもしれないですけど、石のここん所が好きで好きで始めたって、そういう感覚は無いんですよ。

むしろ苦手なものだったし、遠くにあるものだったし、手強いものだった。だから必然的に自分と向き合わざるを得なくなっていく、それが私が考えている彫刻とイコールになっているってことだと思います。

石を彫り始めたのは大学院の2年の時なんです。2年生の時に石を彫っていた中井先生に知り合って、僕は本当は絵描きになりたかったんだけど、たまたま多摩美の彫刻科に入っちゃって。絵描きになりたい気持ちはあったんだけど、彫刻の作業っていうのは一人じゃ出来ない事もあるから皆で力を貸し合って、その後一杯やったりとか、そういった事から彫刻に入っていって、3年生になった時に、あまりに彫刻やっていなかったもんだから、勉強しなきゃと少し思ったんです。

それでまず塑像をやろうと思って、3、4年生、大学院の1年生までは塑像をやっていた。だから大学院に入ってから石をやり始めて、それからはずっと石だけやっているわけなんですが、自分で考えると、そういうやっかいな物という意識を持って石と関わってきたっていう感じ。だから逃げ出すわけにはいかなくなったって時もあるし、そういう存在だった。

実習では本小松石で1面体を作って、後は好きな作品を作っていいという授業でした。初めて彫った時、タンガロイのノミなんて無かったから無垢ノミをヤケドしながら叩いて10本作って実際使ってみたらクシャっとなったり折れてしまって1本か2本しか使えない。こんな厄介なものやってられないと思ったね(笑)。石彫ってるやつはアホじゃないかと思ってたから、自分が30年も石彫るなんて、その頃は思いもしなかった。

案外でもね、他の作者の作品見て思うんですけど、作品の入り方っていうのはストレートにグッとくる作品と、凄く拒絶する作品があるんですね。でも後になって凄く拒絶した作品がコロっと変わってとっても好きになってしまう。そういう感覚が自分にはあるんです。

そんなことを思えば最初に出会った時に拒絶したってことは逆に自分の中の奥底に何かあったんじゃないかなぁ。それで時間が経った後に石に手を出しちゃって、はまり込んじゃったんでしょうね」と石の魅力を教えて頂きました。

コンセプトを聞かせてもらうと「コンセプトって無いんですよ。あまりそういったことは考えなくて。変な言い方ですけど彫刻が作りたいと思っているだけで、それ以上のコンセプトは無いですね。

ただ、どうやったら彫刻になるかと思って作っているだけです。何かを表現したりとか、これをこういった形に置き換えたとか、そういった感覚は自分の中では無いです。

石でどんな事が出来るんだろうかと思いながら彫刻を作りたいって気持ちだけですね。沢山石の彫刻家がいる中でやり尽くした様に思うこともあるんだけれど、でも、まだまだ新しい事があるのかなぁと思っています」

とおっしゃっていました。