銘店“石屋”シリーズ 井上石材店 (栃木県矢板市)

父の死がお墓の大切さを教えてくれた

矢板市など栃木県北部を中心に、地域に密着しながらこだわりの仕事を続けている井上石材店。創業は大正時代の1924年頃。現在は4代目の井上洸太さんが代表を務めている。早くに先代の父を亡くし、母と2人で店を守ってきた洸太さん。これまでの歩みや仕事に対する想いなどを語っていただいた。

井上 洸太(いのうえ こうた)さん
昭和63年生まれ。一級石材施工技能士(石材加工・石張り)。
地元の中学校を卒業後に石都として知られる愛知県岡崎市で3年半の石工修業を経験するも、21歳のときに先代である父が他界。現在は父の意志を継ぎながら、日々の切磋琢磨を続けている。

 

――まずは井上さんのこれまでの歩みを教えてください。

井上 幼い頃から石屋を継ぐつもりで育ちましたから、高校へは進学せず、15歳のときから石屋の修業に入りました。修業先は、石工のまちとして全国に名高い愛知県の岡崎市。歴史のある会社で3年半ほど養成工として学ばせていただきました。修業先では、日中は現場や工場などで実務を学び、夜は職業訓練法人岡崎技術工学院の石材加工科で勉強するという生活を過ごしました。

墓石の加工や施工、建て込みなど、あらゆる仕事を経験させてもらいました。今の自分があるのも、あの数年間に渡る修業があってこそ。当時はよく理解できなかった話も、今ならすごく納得がいきますね(笑)

ただ、その後、地元に戻ったのはいいですが、その2年半後に父が他界。そこからは母と2人で、父の意志を受け継ぎながら二人三脚でがんばってきました。

 

お父様が亡くなられたのは、洸太さんが21歳のとき。いろいろ大変なことも多かったのではないですか?

井上 そうですね。当時はまだ1人で現場に出たことも、打ち合わせに行ったこともない。そもそも、見積もりの仕方すらわかりませんでしたからね。周囲の人たちからも、ものすごく心配されました。ともかく、その頃は何もできない自分がくやしくて仕方がなかったです。ですから、ほかの石屋さんがどうやって仕事しているのかを調べたり、1~2年のあいだは寝る時間を削って勉強した記憶がありますね。

ただ、今でもありがたいなと思って感謝しているのは、地域の人たちが一生懸命に応援してくれたこと。地元の同業の方にわからないことを教えていただいたり、お寺の住職さんがお客様との打ち合わせに同行してくださったり、さまざまな場面で助けていただきました。ここまで続けてこられたのも、皆さんの助けがあったからだと思っています。

 

――そこから現在まで約10年。苦労が大きかった分、学ぶことも多かったのでは?

井上 とくに父から教えられたことは、今でも頭の中に強く残っています。父の口癖は「とにかく丁寧な仕事をしろ、見えないところにも絶対に手を抜くな」というものでした。正直言って当時はあまりピンとこなかったのですが、必死になって働いているうちに、その意味が実感としてわかってきた手応えがあります。ですから、施工は下地からしっかりとやりますし、金具をつけられるところは全部つけるようにしています。

もちろん、施工してしまったら見えなくなってしまう部分も、決して手を抜きません。そういうところは写真に撮ってアルバムをつくり、お客様にも見ていただくようにしています。

あと、実は父が亡くなってからしばらくのあいだは、仕事の前と後にお墓まで足を運んで、その日にあったことを報告していました。時には、どうして良いのかわからず、泣けてしまうようなことも少なくありませんでした。でも、そういう体験を通して「お墓というものは、本当に大切でかけがえのない存在なんだ」ということを身をもって実感できた。この想いは、今も仕事をする上での大切な指針になっています。

 

――御社が手がけられてきたお墓は平成23年の東日本大震災でも、さほど大きな被害がなかったと聞いています。

井上 はい。とくに接着剤施工になってからのお墓は、ほとんど倒れることがなかったですね。震災後はたくさんのお客様から「まだ若いから心配だったけど、頼んでよかった」とおっしゃっていただきました。

弊社は以前から地盤強度に応じた地盤改良や補強、ベタ基礎造りなどにこだわっています。さらに建立時には、石塔本体を1本のステンレス棒で一体化する耐震施工法も採用。地盤から石塔まで、抜かりのない耐震施工を心がけるようにしています。

墓石が倒壊するということは家族にとって非常にショックが大きいこと。あの震災を経験したことで、あらためて耐震施工の大切さを痛感しています。

 

――最後に、これからやっていきたいことや目標などを聞かせてください。

井上 これからもお客様への対応、一つひとつのお墓づくりを丁寧に進めていき、県北で一番の石屋さんと言われるようにがんばっていきたいと思っています。そのためには、日々の勉強も大切。なにしろ展開の早い業界ですからね。新しい情報も次々と入ってきますので、良いと思ったことはどんどん積極的に取り入れていこうと思っています。最近でも、三次元金具を新たに使い始めましたし、10年間メンテ不要といわれるお墓のガラスコーティングも気になっているところです。

ともかく弊社の強みは、地盤補強や基礎づくりから墓石建立、字彫り(戒名彫り)まで、全ての工程を一貫体制で受けられること。それらの一つひとつの工程に心をこめながら、ちゃんと誇りを持てるような仕事を継続させていきたいと思っています。

 

井上石材店

所在地:栃木県矢板市上太田91
TEL&FAX:0287-44-3791
ホームページ:http://inoue1483.com/
主な業務内容:墓石、石材の加工・販売 / 流通(輸入材・国産材)/ 基礎工事・墓石建立 / 外構工事 / 字彫り(戒名彫り)ほか

いしマガ取材メモ

まだ若かったときは、周りから心配されるようなことも多くてつらかったという洸太さん。そのくやしさをバネにして日々の努力を怠らなかったことが、今につながっているのではないでしょうか。また、いつも同じデザインのお墓をつくらないようにすることも、洸太さんならではのこだわり。毎回の打ち合わせには、たくさんのカタログなどを持参して、お客さまの意見を最優先にしながらも、さまざまな提案を行なっているのだとか。「それぞれの人にとって大切なお墓だからこそ、世界に一つしかないお墓をつくりたい」。そんなセリフも、体験を通してお墓の大切さを知った洸太さんだからこその重みが感じられました。