この企画では、彫刻家が感じている「石の魅力とは何なのか?」、「なぜ石で彫刻を作っているのか?」ということをお聞きしていきます。
今回は神奈川県箱根町にあります長安寺で小林光徳さんにお話を聞かせてもらいました。

「石が好きになったのは、大学生の時に早朝から夕方まで石に向かっている先輩の姿を見て『良いなぁ』と思い、石と向かいたいと思ったのが最初の気持ちですね。
石っていうのはパッとは出来ないじゃないですか。粘土じゃないからアッという間に出来ないところが自分のペースに合っている。石は対話する時間が長いし、無になっている時間が長いってことが結構好きなのかもしれないですね。

私は30年位前から長安寺の五百羅漢を作っていたのですが、今回制作した十一面観音は、五百羅漢とは違って、祈りの対象じゃないですか。だから普通だったら仏師の方が彫ったりするものなんですけど、約7年前に住職から『祈りの対象を伊達冠石で彫ってみないか』と言われ、それじゃあやってみようということで始めました。
お地蔵さんは彫ったことがあったけれども、観音さんは彫ったことがなかったから戸惑いました。でも仏師にはなりきれないけれども、彫刻家としてひとつ極めたいなぁという感じはありましたね。 それで、ここのオリジナルの形、長安寺型の十一面観音を作りたいと思い、住職と私の理想形を作るために奈良や京都の十一面観音のある所を見に行って、自分で何十枚も実際に彫る等身大のデッサンをして、その中から一枚選んで作り始めました。

モデルにしたのは奈良の博物館に九面観音っていうのがあるんですよ。すごく小さいのですが、その観音様にとても衝撃を受けました。小っちゃくても、ものすごい完成度があってバランスが良くて、あまりにも美しい。
私と住職はガラス越しに食い付いて見惚れていました(笑)。そしたら警備員が近づいてきて、怒られると思ったら、ライトをどうぞって渡してくれたの。それからライトを照らしながら、またずっと見ていたら何ともいえない奥深い顔でね。 光のあて方で表情が違うし、昔の見方って自然光かロウソクの灯りしかないじゃないですか。その条件で考えられて彫られた形だなって痛感しました。だから仏像って光とともにあるなって思いましたね。

伊達冠石を使った十一面観音

制作した十一面観音の絶対的な特徴は、手に数珠を付けているんですよ。ここの住職がブレスレット型の数珠を自分で作って檀家さんとかに厄除けやお守りとして配っているんです。だから住職の想いを込めて手に数珠を彫ってみたんです。
顔は現代人的な要素が強いと思うんですけど、ある意味理想の形。男でもあり女でもありっていう感じのデッサンをして彫り込んでいきました。
あとは耳の横から伸びている髪が沢山あるんです。これは私の現代彫刻で作る時のラインなんですけど、豊かな髪を耳の後ろから広げたくて、いつもやっているんです。あとはとにかく手仕事にこだわったんです。ハンマードリルは使ったけれども、あとは一切機械は使わず、ノミと砥石で作っていきました。
以前、羅漢を作っている時に機械に負けちゃったんですよ。もうカッターでガンガン仕事をしていると手首が痛くなってくるじゃないですか。腱鞘炎になったりして、そうするとノミを叩く力も弱くなってくるんです。
だから今は機械を使わず羅漢を彫っています。機械を使わないと時間は掛かるけれども、作品に自分の想いが沢山出せるんですよね。機械だとあっという間にワーって作れるけれども、それを仕上げる作業ってだけになっていって、自分の想いがこもらないっていうか、機械のほうに気持ちが行っちゃうんですよね。

ただ、早く結果を見たいっていうせっかちな部分もある。上手く言えないんですが、ゆっくり仕事をしながら早く完成形を見たいっていう、不思議な自分のせっかちさが石に合っているんですよね。あとは石の抵抗感が良い。ノミのあの反発、ポーンポーンっていう感じで無理しなければ一日中彫ってられるでしょ。それが自分の鼓動に合っているって感じですね」。